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東京地方裁判所 平成10年(ワ)12709号 判決

原告 有限会社豊千商会

代表者代表取締役 藤澤千佳子

訴訟代理人弁護士 二島豊太

小田修司

被告 小泉惠博

訴訟代理人弁護士 益田昂

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年六月一八日から完済まで年六分の割合による金銭を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、宅地建物取引業者である原告が、被告から、原告の仲介により売却する予定の被告所有地上に存在するアパートの入居者の立退き交渉、立退き後のアパートの管理、取壊し等の作業を委託され、これらの作業を行ったとし、被告に対し、約定の報酬として三〇〇〇万円の支払を求めた事案である。

第三当事者の主張

一  請求原因

1  本件管理委託契約締結の経緯-本件土地売買の仲介依頼等

(一) 原告は、東京都知事の免許を受けた宅地建物取引業者であり、不動産の売買、管理、仲介等を業とする有限会社である。

(二) 原告は、被告から、平成三年春ころ、被告が所有する別紙物件目録記載一及び二の各土地(ただし、平成五年四月二二日分筆登記後の表示。以下「本件土地」という)の売却の仲介をするよう依頼を受けた。

(三) そして、本件土地上には被告所有のアパート三棟(光陽荘、第一小泉荘及び第二小泉荘。以下、まとめて「本件アパート」という)が存在していたところ、原告が右仲介依頼に基づいて探した本件土地の買受け予定者である株式会社丸増及び林商会不動産株式会社は、本件土地を更地として引渡しを受けることを希望していた。

2  本件管理委託契約の締結

右のような経緯により、被告は、原告に対し、平成三年六月一日、本件アパートの入居者に対する立退き交渉、立退き後の本件アパートの管理及び本件アパートの取壊し等の作業を依頼し、原告はこれを承諾した(以下「本件管理委託契約」という)。

そして、原告と被告は、本件管理委託契約に基づく報酬(以下「本件報酬」という)については、その金額を三〇〇〇万円とし、本件土地の売買の日である平成三年八月二〇日から本件土地売買代金の当初の決済予定日であった平成四年八月末日までの約一年間のうちに原告が右の作業を終了させ、本件土地が更地として買主に引き渡され売買残代金が決済される際に、被告が右報酬を支払う旨の合意をした。なお、契約書〔甲三号証〕には報酬について「年間三阡万円」とする旨の記載があるが、その趣旨は右に述べたとおりである。

3  原告による本件管理委託契約の履行等

(一) 原告は、本件管理委託契約に基づき本件アパートの入居者と立退きに関する交渉を行った結果、全入居者は立退きを了承して立ち退き、原告は平成五年六月から七月にかけて本件アパートを取り壊し、本件土地の整地作業を終了させた。

(二) そして、本件土地売買残代金の決済は平成五年七月三〇日に行われた。

4  よって、原告は、被告に対し、本件管理委託契約に基づき、約定の報酬として三〇〇〇万円及びこれに対する約定による本件報酬支払期日の後の日(本件訴状送達の翌日)である平成一〇年六月一八日から完済まで商事法定利率である年六分の割合による金銭の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

(一) (一)の事実は認める。

(二) (二)の事実は否認する。

ただし、被告は、原告代表者である藤澤千佳子(以下「藤澤」という)個人に対し、転売を目的として、平成元年春ころ、本件土地を含む板橋区大山西町六五番一の土地を前所有者から取得するための交渉、取得後の本件アパート入居者に対する立退き交渉及び本件土地の売却の仲介等に関する事務の処理を包括的に委託する旨の合意をしたことはある。

(三) (三)の事実のうち、本件土地上に本件アパートが存在していた事実は認めるが、その余の事実は知らない。

2  請求原因2について

本件管理委託契約の締結の事実は否認する。原告がその主張の契約の成立の証拠として提出する平成三年六月一日付けの「契約書」と題する書面〔甲三号証〕の被告の署名・押印部分は、被告の妻である小泉澄子(以下「澄子」という)が、平成五年二月ころ、原告代表者から税務対策上作成しておいた方がよいと言われ、被告の了承を得ることなく署名・押印してしまったものである。

なお、右1(二)の藤澤に対する包括的事務処理委託の際、本件アパートの入居者に対する立退き交渉等も任せる旨の合意をしたが、これらの委託事務処理についての報酬はすべての業務が完了した後に話合いにより決めるとの約束であった。また、藤澤は、入居者に対する立退き交渉を本件土地の取得、転売の仲介をさせて貰うことのサービスとして行うということであった。

3  請求原因3について

(一) (一)の事実のうち、本件アパートの入居者が立ち退き、本件アパートが取り壊された事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(二) (二)の事実は認める。

三  抗弁

1  相殺<1>

(一) 被告は、平成元年春ころ、原告代表者の提案を受け、被告の叔父である小泉安久太郎、小泉鍬次郎(以下二人併せて「安久太郎ら」という)及び被告の父小泉長太郎(以下「長太郎」という)が共有する本件土地を含む板橋区大山西町六五番一の土地(二九六〇・四〇平方メートル。以下「六五番一の土地」という)のうち、安久太郎らの共有持分権を転売目的で譲り受けることとし、六五番一の土地の共有持分権の取得、転売、資金調達及び資金管理等を原告代表者に委任した。

(二) 原告代表者は、右(一)の委任契約に基づき、安久太郎らと交渉を行った結果、六五番一の土地の共有持分権を売却する旨の承諾を得た。

(三) そして、平成二年八月二二日、原告代表者は、被告に、六五番一の土地の共有持分権の購入代金は三億円であるとして、安久太郎らに対し、手付金としてそれぞれ三〇〇〇万円ずつ支払わせた。また、平成三年二月二六日、被告は、原告代表者立会の下、安久太郎らに対し、六五番一の土地の共有持分権の売買代金として、それぞれ一億二〇〇〇万円を支払った。

(四) ところが、原告代表者は、平成三年二月ころ、六五番一の土地の安久太郎らの共有持分権について、売主を小泉安久太郎ら、買主を被告、仲介人を原告とし、売買代金を二億四〇〇〇万円とする売買契約書〔乙一七号証〕を作成し、被告の妻の澄子をして、買主欄に被告名を署名押印させ、これを安久太郎らに交付した。

(五) 右のように、原告代表者は、被告の代理人として六五番一の土地の共有持分権の売買交渉をし、仲介者として右売買契約書の作成等に当たったのであるから、六五番一の土地の安久太郎らの共有持分権の代金が三億円であることを知りながら、故意にこれを二億四〇〇〇万円であるとする売買契約書を作成して安久太郎らに交付し、安久太郎らに対する税務署からの問い合わせにも売買代金は二億四〇〇〇万円であるとの回答をさせるなどしたものである。右のことは、原告による不法行為に該当する。

(六) 被告は、原告の右(五)の不法行為により、六五番一の土地の転売による譲渡所得の金額の計算上、右共有持分権の取得原価を二億四〇〇〇万円として税務申告をせざるを得なくなった。その結果、本来四六八二万九一〇〇円の税金を納めればよいところ、六三九九万九四〇〇円の税金を納めなければならなくなった。

右の差額に当たる一七一七万〇三〇〇円は、原告の右(五)の不法行為に基づく損害である。

(七) したがって、被告は、原告に対し、一七一七万〇三〇〇円の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているところ、被告は、原告に対し、平成一〇年一一月一八日の本件弁論準備手続期日において、右損害賠償請求債権をもって、原告の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

2  相殺<2>

(一) 被告は、原告に対し、平成元年春ころ、被告の自宅用土地及び建物の買受け及びその資金調達等を委任していたところ、東京都板橋区南町二三番三の土地の借地権を九〇〇〇万円で譲り受け、右土地上に自宅兼賃貸マンションを七五〇〇万円の費用で建築することとなった。

そこで、被告は、原告を代理人として、右借地権購入及び建物建築資金として、東京相和銀行光が丘支店から、平成元年二月二七日に一億三〇〇〇万円、同年六月二一日に九〇〇〇万円をそれぞれ借り受けた。

(二) ところが、原告代表者は、右(一)の借地権購入及び建物建築費用等の支払のため必要であるなどとして、澄子をしていずれも金額欄白紙の預金払戻請求書に被告名義の署名押印をさせ、原告は、これらの預金払戻請求書により、被告の預金口座から次のとおり預金を引き出し、これらの金銭を原告の預金口座に振り込んで同額の金銭を預かった。

<1> 平成元年三月一七日 一〇〇〇万円

<2> 平成元年四月一〇日 一五〇〇万円

<3> 平成元年六月一二日 一〇〇〇万円

(三) 被告は、原告に対し、右(一)の借地権購入及び建物建築資金として一億六五〇〇万円を支払った。ところが、原告は、右(二)の金銭合計三五〇〇万円の使途を明らかにせず、その精算にも応じない。

したがって、被告は、原告に対し、三五〇〇万円の預託金返還請求権を有しているところ、被告は、原告に対し、平成一〇年一一月一八日の本件弁論準備手続期日において、右預託金返還請求債権をもって、原告の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

3  公序良俗違反

(一) 弁護士法七二条は、弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事件に関して代理その他の法律事務を取り扱うことを業とすることができない旨を規定し、同法七八条は、法人の代表者等がその法人の業務に関して同法七二条に違反する行為をしたときは、法人に対しても罰金刑を課す旨を規定している。

右規定の趣旨は、依頼者の利益を守るとともに社会正義の実現を図ることにあり、右規定は、このような観点から不動産業者が建物の所有者からその建物の賃借人の明渡しに関する法律事務を報酬を得る目的で受任することを禁じているものである。

(二) ところで、仮に、本件管理委託契約が成立していたとしても、本件管理委託契約の内容とするところは、実質的には本件アパートの入居者の立退きを実現させることだけであるところ、これは建物所有者と入居者との和解契約を締結させることに他ならないから、弁護士法七二条に違反する公序良俗違反の行為というべきである。

したがって、本件管理委託契約は無効である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(相殺<1>)について

(一) 抗弁1(一)及び(二)の事実のうち、六五番一の土地の共有持分権を被告が譲り受ける取引を原告が仲介したことは認める。ただし、右譲受等は被告の発案によるものである。

(二) 抗弁1(三)の事実は、認める。なお、平成三年二月二六日、六五番一の土地の共有持分について、売買代金を三億円とする土地売買契約書〔甲三二号証〕が作成されている。

(三) 抗弁1(四)の事実のうち、右(二)の後、原告を仲介人として売買代金を二億四〇〇〇万円とする売買契約書〔乙一七号証〕を作成したことは認める。ただし、これは、安久太郎らが手付金六〇〇〇万円を所得税の申告対象にしたくないとの理由で二億四〇〇〇万円の契約書を作成してくれるよう被告に申し入れ、被告がこれを承諾したことから、契約当事者双方の申し出を受けて原告がやむを得ず作成したものである。

(四) 抗弁1(五)及び(六)は争う。

2  抗弁2(相殺<2>)について

抗弁2の事実のうち、(二)記載の各金銭の送金があった事実は認める。

3  抗弁3(公序良俗違反)について争う。

五  再抗弁-抗弁2に対し

被告が自働債権として主張する各預託金は、以下のとおり、原告において、被告のために支出した。したがって、被告の預託金返還請求権は消滅したものである。

1  <1>(平成元年三月一七日の一〇〇〇万円)について

(一) うち五四九万七四〇〇円は、平成元年四月一〇日に被告が長太郎から買い受けた豊島区西池袋一丁目二九番地一四及び同番地一三所在の建物(以下「小泉ビル」という)の共有持分等についての共有持分移転登記等の費用として支払った。

(二) うち五九万七〇〇〇円は、平成元年七月一〇日、原告が被告の銀行口座に送金した。

(三) 残金三九〇万五六〇〇円は、原告が、登記抹消費用、被告から依頼された業務の実費及び被告の借入金の利息の支払として支出し、残金は、被告の妻の澄子に返金し、清算した。

2  <2>(平成元年四月一〇日の一五〇〇万円)について

これは、被告が右1(一)のように小泉ビルの共有持分及びその敷地を買い受けた際、手付金を原告が被告に代わって預手で支払ったことから、その清算に充てたものである。

3  <3>(平成元年六月一二日の一〇〇〇万円)について

(一) うち四五〇万円は、被告が自宅を新築した際の設計料を原告が立て替えていた分の清算に充てた。

(二) うち一〇〇万円は、被告の旧自宅の取壊し費用を原告が立て替えていた分の清算に充てた。

(三) うち二一九万三〇〇〇円は、小泉ビルの火災保険料を原告が立て替えていた分の清算に充てた。

(四) うち一一八万七五〇〇円は、平成元年七月三一日、原告が被告の預金口座に送金した。

(五) 残金一一一万九五〇〇円は、右1(三)と同様である。

六  再抗弁に対する認否

いずれも否認する。

第四当裁判所の判断

一  請求原因について

1  請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがなく、原告代表者の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は、藤澤を代表者として昭和六二年五月設立され、平成三年当時、宅地建物取引主任者一名(後藤カズ子)を置くほか、事務員を二名雇い、普段の営業活動は代表者である藤澤一人が行っていた宅地建物取引業者である。

2  ところで、原告は、原告と被告との間で、平成三年六月一日に報酬額を三〇〇〇万円とする本件管理委託契約が締結されたとする証拠として、作成日付が「平成三年六月一日」とされている「契約書」と題する書面(以下、本件「契約書」という)〔甲三号証・別紙参照〕を提出する。

しかし、これに対し、被告は、前記のとおり、本件「契約書」の被告の署名・押印部分は、被告の妻の澄子が、平成五年二月ころ、原告代表者から税務対策上作成しておいた方がよい書面であると言われ、これを信じて、被告の了承を得ることのないまま、署名・押印してしまったものであると主張して、本件「契約書」の真正な成立を否認し、本件管理委託契約の締結の事実をも否認する。そして、証人澄子は、本件「契約書」の成立について、右の被告の主張と同趣旨の証言をするところであり、原告代表者も、その供述の中で、本件「契約書」の被告の署名・押印部分は被告の妻の澄子が署名・押印したものであること自体は、これを認めているところである。

そこで、本件「契約書」が、原告が主張するころ、真正に作成されたものであるか否かについて検討する必要がある。

3  ところで、本件「契約書」の成立の真否について、ひいては本件管理委託契約の成否について判断するに当たっては、前記第三の一、二の当事者の主張関係に照らしても、被告が本件土地を取得し、これを転売した経緯及びこれらの過程に原告がどのように関与していたかが、本件紛争の基礎となる事情として重要であるので、まず、これらの事実関係の概要についてみることとする。

証拠〔甲一ないし五、一三、一四、一六、一八、一九、三二、四六号証、乙一三、一五、一七、一九ないし二一号証、証人澄子の証言、原告代表者及び被告本人の各供述〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告夫妻と原告代表者の藤澤は、それぞれの子供たちが同じ少年野球チームに属していたことなどから、昭和六三年ころより親しく付き合うようになった。

(二) そして、被告は、当時借家住まいであったが、昭和六三年一二月ころ、原告代表者に自宅兼賃貸マンションの建築用地の取得の仲介を依頼し、その紹介により、平成元年二月、板橋区南町二三番三の土地の借地権を代金九〇〇〇万円で取得した。なお、この借地権の取得資金は、原告代表者から紹介を受けた東京相和銀行からの借入(一億三〇〇〇万円)により、その全額を賄った。また、被告は、自宅兼賃貸マンションの建築資金七五〇〇万円についても、東京相和銀行からの借入(九〇〇〇万円)により、その全額を賄った。ちなみに、このマンション建築のため平成元年四月に締結した工事請負契約(契約書上の請負代金額は七四〇〇万円)については、原告が被告の代理人として契約締結交渉に当たった。

(三) 次いで、被告は、平成元年夏ころ、転売して利益を上げることなどを目的として、被告の父である長太郎及び被告の叔父である安久太郎らが共有(持分各三分の一)する六五番一の土地の安久太郎らの共有持分権を取得し、これを転売する業務についての仲介を依頼した。

その後、平成二年一月一六日付けで、長太郎及び被告から依頼を受けた弁護士中村鉄五郎が立会人となって、<1>六五番一の土地について共有物分割を行い、被告は、分割後の安久太郎らの共有土地を買い受けることとする、<2>長太郎は、被告に対し、被告が<1>により取得した土地上に存在する長太郎所有の建物を贈与する、等の趣旨を記載した「覚書」が作成された。

そして、平成三年二月、中村弁護士らの関与の下に、長太郎と安久太郎らとの六五番一の共有土地の分割に関する合意が成立し、安久太郎らが六五番一(同番二二ないし二四及び二六に分筆後のもの)、同番二二、同番二三、同番二六の土地を取得し、長太郎が同番二四の土地を取得することとなった。

右のような過程に被告の依頼を受けた宅地建物取引業者として売買の仲介に関与していた原告は、既に平成二年八月には、予定されていた安久太郎らの共有地の売買について安久太郎ら及び被告の委任を受けて、国土利用計画法に基づく売買の届出の手続を取っており、右の分割合意が成立したことを受け、自らが仲介人となって、平成三年二月二六日、被告が安久太郎ら共有の右の六五番一外三筆、計四筆の土地を代金三億円で買い受ける旨の土地売買契約を成立させた(なお、この六五番一外の土地売買の関連では、同日付けで、目的土地を六五番一、同番二三、同番二六の計三筆の土地として、これを代金二億四〇〇〇万円で売買する旨の契約書も作成されている。)。

なお、被告は、右の土地売買代金についても、平成二年一二月二六日に総合住金株式会社から借り入れた四億二三〇〇万円余により賄った。

また、原告は、右の土地売買に関する仲介手数料として、平成三年二月二六日までに、被告から合計一一八〇万円を受領した。

(四) さらに、原告は、平成三年八月二〇日、自らが仲介人となって、被告が安久太郎らから取得した六五番二三の土地(ただし、地積は七三四平方メートル)を株式会社丸増及び林商会不動産株式会社に対し代金四億一八〇〇万円で売り渡す旨の土地売買契約を成立させた。なお、この売買契約においては、地上の建物は売主が撤去し、土地を更地として買主に対し引き渡すことが合意されており、土地の引渡しの期限は平成四年八月末日とされ、なお三か月の猶予が認められることとなっていた。

(五) 原告代表者は、平成四年二月ころから本件アパートの入居者に対する個別、具体的な立退き交渉を開始し、平成五年七月二三日ころまでに、すべての入居者の立退きが終了した。

(六) この間、(四)の六五番二三の土地売買について、分筆・測量等により土地の境界や地積が変更されたことなどから、平成五年六月二九日、別紙物件目録記載一及び二の本件土地の売買と変更され、目的土地の地積の減少(二筆合計六八五・二五平方メートル)に伴い、売買代金も三億九三八三万円と減額され、かつ、目的土地の引渡期限も同年七月三一日に変更された。

(七) 原告は、本件アパートの取壊し作業については、業者に委託し、平成五年七月三〇日ころまでにはこれらの作業を終え、同日、本件土地の売買についての残代金の決済が行われた。

(八) なお、原告は、本件アパートの入居者を立ち退かせるために支払った費用、アパートの取壊し及び本件土地の整地費用等、本件土地を買主に引き渡すために必要とした費用で原告が立て替えたとする約四〇〇〇万円については、本件土地売買についての残代金の決済がされた平成五年七月三〇日、右残代金中から清算処理し、被告から回収済みである。

また、原告は、本件土地売買の仲介手数料については、被告に対し、宅地建物取引業法四六条に基づく建設省告示の規定による最高限度額である一一八六万四四〇〇円の支払を求める仲介手数料請求訴訟を提起し、八三〇万円の限度で請求を認容する判決(東京高等裁判所平成一一年(ネ)第三七号、原審・東京地方裁判所平成八年(ワ)第一五五一七号)を得ている。

4  そこで、右に認定した本件紛争の基礎となった事実経過をも踏まえて、本件「契約書」が、原告が主張するころ、真正に作成されたものであるか否かについて具体的に検討することとする。

(一) 本件「契約書」は、別紙(写し)のとおりのものであり、その印刷部分は原告が作成したものである〔原告代表者の供述〕が、書面の表題は「契約書」とあるものの、当事者双方が合意内容を確認して署名・押印する形式のものではなく、一方の当事者である被告のみの署名・押印がされているものである。

そして、前示のとおり、被告名義の署名・押印は、原告代表者が被告の妻の澄子に署名・押印させたものであるが、原告代表者は、本件「契約書」の原本はもとより、その写しすら澄子に交付していない〔証人澄子の証言、弁論の全趣旨〕。

(二) 本件「契約書」には、「記」として、「光陽荘、第一小泉荘、第二小泉荘入居者(約四十五世帯)を平成五年七月末日迄に立退きさせ、家屋を取り壊し更地とし、売買に至るまでの全ての管理一切の件を年間三阡万円で契約する。」旨の記載がある。

右の記載の趣旨について、原告は、前記第三の一2のように主張するが、その文言からは、その主張のように「本件土地の売買の日である平成三年八月二〇日から本件土地売買代金の当初の決済予定日である平成四年八月末日までの一年間のうちに原告が所定の作業を終了させ」るものとして、三〇〇〇万円の報酬を取り決めたとの趣旨に読み取ることは到底できず、右の文言を素直に読めば、契約日である平成三年六月一日から平成五年七月末日までの二年二か月間にわたって原告が行う、本件アパートの入居者を立退きさせる等の所定の業務について、被告が、原告に対し、年間三〇〇〇万円の割合の支払をするとの趣旨の記載であるといわざるを得ない(その意味では、右の支払の趣旨が業務の「報酬」であるかどうかも、その文言上は、必ずしも明らかとはいえない。)。

(三) また、原告は、その主張する三〇〇〇万円の報酬の算定根拠について、本件アパートの四〇世帯以上の入居者の立退き交渉となると、原告代表者がこれに専念せざるを得ないところ、原告の営業は原告代表者が一人で行っているので、これにより原告の売上げが急減してしまうことが見込まれ、しかも、原告代表者がこの立退き交渉に一年間専念するとなると、売上げの回復のためにはさらにその後一年間の営業努力が必要になると考え、そこで、原告の一年間の経費が一五〇〇万円かかると計算し、原告の二年間分の経費保証として三〇〇〇万円を報酬額と定めた旨を主張する。

しかし、右の主張内容それ自体として、原告の主張する「報酬」の算定根拠として合理的なものであることが明らかとは思われないし、本件においては、前示3(三)のように、原告は、被告と安久太郎らとの間の安久太郎らの共有地の売買に関して、平成三年二月二六日までに、被告から合計一一八〇万円の仲介手数料を受領しているのであり、しかもなお、前示3(四)のように、本件「契約書」が作成されたという平成三年六月一日の段階では、今度は、その土地の転売に関して相当額の仲介手数料を取得することができる具体的な状況にあったのであるから、右の「報酬」の算定根拠に関する原告の主張は、必ずしも合理的なものであるとは窺われないところである。そればかりでなく、原告代表者において、被告に対し、右のような「報酬」の算定根拠についての説明を行ったとの事実を認めるに足りる証拠は全くない。

原告代表者は、事実上の一年間分の原告の営業補償として三〇〇〇万円ほどお願いします、ということで被告に支払を頼んだ旨を供述するが、前示1のような極く小さな規模で営業している原告について、しかも、右のような相当額の仲介手数料収入が見込める状況の下において、その供述するような金額が営業補償として相当であると認めるに足りるような的確な証拠はない。

(四) ところで、本件「契約書」の文言から一歩離れて、本件土地の売買契約の経緯から考察してみると、前示3(四)及び(六)のとおり、当初、平成三年八月二〇日、被告が安久太郎らから取得した六五番二三の土地(ただし、地積は七三四平方メートル)を株式会社丸増及び林商会不動産株式会社に対し売り渡す旨の売買契約が成立したが、これが、その後、平成五年六月二九日になり、別紙物件目録記載一及び二の本件土地(二筆合計六八五・二五平方メートル)の売買契約に変更されたところである。

そして、これらの土地売買契約においては、地上の建物は売主が撤去して、土地を更地として買主に引き渡すことが合意されており、その引渡しの期限は、当初の平成三年八月二〇日付け売買契約においては約一年後の平成四年八月末日とされていたが、平成五年六月二九日の本件土地売買契約においては、同年七月三一日と変更されたところである。

他方、前示3(五)のとおり、原告代表者は、平成四年二月ころから具体的に本件アパートの入居者に対する立退き交渉を開始したものの、平成五年七月二三日ころに至って、漸くすべての入居者の立退きを終了させることができたところである。

右の立退き作業ないし本件土地の引渡期限の点に関連して、原告代表者は、原告が行う立退き作業については、もともと当初の契約どおり、一年のうちには解決する心づもりでおり、実際、買主の丸増にも、被告にもそのように話をしていたこと、しかし、立退き交渉の途中から、それはとても難しいということが分かり、買主の丸増にあと一年の猶予を貰いたいと頼んだことを強調して供述するところであり、この供述部分は、前示の本件土地の売買に関する経緯に照らしても、信用することができるところである。

そして、右のような本件土地の引渡期限の変更やこれに関連する原告代表者の供述内容等に照らせば、原告において、本件「契約書」の作成日としている平成三年六月一日ころその文案を作成したとすれば、原告が行う本件アパートの入居者の立退き作業の終期を平成五年七月末日と記載することはいかにも不自然であるといわざるを得ない。すなわち、前示3の経緯からすれば、右の平成三年六月一日ころの時点では、既に、同年八月二〇日に締結される六五番二三の土地についての売買契約において、目的土地の引渡期限がおよそ一年後の平成四年八月末日とされることは仲介の業務に従事していた原告代表者においてこれを認識していたものと推認されるところであり、実際、原告代表者も、右のように、立退き作業は一年のうちには解決する心づもりでいたというばかりでなく、買主の丸増にも被告にもそのように話をしていたというのであるから、もし、真実、原告が本件「契約書」の文案を平成三年六月一日ころの時点で作成したというのであれば、立退き作業の終期は、平成四年五月末日と記載するか、そうでないとしても、遅くとも引渡期限である同年八月末日と記載するはずのものと推認されるからである。

(五) 右にみてきたような諸事情に照らすと、本件「契約書」は、早くても、原告が行っていた本件アパートの入居者の立退き交渉にめどがつき、当初の土地売買契約を本件土地の売買契約に変更するとともに、変更後の契約において本件土地の引渡期限を平成五年七月末日と明示することができる状況が形成された後になって、原告代表者において文案を作成し、被告の妻の澄子に被告名義の署名・押印をさせたものと推認するのが合理的であるというべきであり、したがって、その作成時期は、早くても澄子が証言する平成五年二月ころ以降同年七月ころまでの間のことであると推認されるところである(なお、本件「契約書」には、前書きとして、「平成二年十二月一日に基づき管理、立退き、その他の件に関し、(有)豊千商会代表取締役 藤沢千佳子と左記の条件で契約した。」との記載がある。そして、原告は、右の「平成二年十二月一日に基づき」とは、被告作成名義の、原告(藤沢千佳子)を代理人と定め、「板橋区大山西町六十五番地の売買(立退、管理)に関する一切の件」について委任する旨の平成二年一二月一日付け「委任状」を指すものであると主張するところ、被告は、右の「委任状」についてもその成立を否認し、被告の署名・押印部分は、被告の妻の澄子が、平成二年一二月ころ、原告代表者から本件土地の購入代金についての借入交渉のために必要であると言われ、これを信じて、被告の了承を得ることのないまま署名・押印してしまったものであると主張し、証人澄子はこれと同趣旨の証言をするところである。そして、前示3の本件土地の取得、転売の経緯や他の証拠関係に照らしても、平成二年一二月一日という時点で、被告において、原告(藤澤)に対し、右のような事項に関する委任状を交付することを相当とするような事情があったものとは認められないところであって、いずれにせよ、右の「委任状」の存在は、本件「契約書」の成立に関する右の認定判断を何ら左右するものではない。)。

5  右のとおりであるから、甲三号証の本件「契約書」が真正に成立したものと認めることはできず、本件「契約書」は、平成三年六月一日ころ、本件管理委託契約が成立したとの原告主張事実を証明する直接の根拠資料とはなり得ないというほかはなく、他にその主張の本件管理委託契約が成立したことを認めるに足りる的確な証拠はない(なお、前記第三の一、二の当事者の主張関係に照らしても、また、前掲各証拠によっても、被告が、本件土地の取得及び転売についての仲介を原告に依頼し、原告がこの業務を進める過程において、本件アパートの入居者の立退きに関する交渉についても原告に任せていた関係は優に認めることができるので、念のため付言すれば、原告代表者において、右4に認定したように、平成五年二月ころ以降になって、本件「契約書」の文案を作成して、被告の妻の澄子に被告名義の署名・押印をさせるなどしたのは、前示3の事実経過や、右4に認定・説示した事情を総合すれば、もともと、原告において、それまでに原告の自宅兼賃貸マンションの建築用地の取得の仲介に関与したり、本件土地を原告が安久太郎らから取得し、これを転売するについての仲介業務を引き受け、その業務を進めて行く過程の中で、本来の業務ではない本件アパートの入居者の立退きに関する交渉を行うこと等についても引き受けたものの、これに関する報酬の支払について被告と明確に合意をしていたわけでもなかったところ、いざ立退き交渉に取り掛かってみると、当初の予想に反して、意外に困難で手間のかかる作業であったことから、単に立退き交渉等に関連して出捐した立替金の回収を図るだけでは宅地建物取引業者として期待したほど十分な営業利益を得られないことになると思うに至ったこと等の事情によるものと推察されるところである。)。

6  以上によれば、請求原因2の事実を認めることはできない。

二  したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

第五結論

以上のとおりであるから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 坪井宣幸 澤村智子)

物件目録

一 所在 板橋区大山西町

地番 六五番二三

地目 宅地

地積 五八五・三五平方メートル

二 所在 板橋区大山西町

地番 六五番四四

地目 宅地

地積 一〇〇・三七平方メートル

契約書<省略>

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